これは質問して受け答えが人間並みならそのコンピューターは知性を持っているよ!というものだが、これに対して1980年哲学者ジョン・サールがチューリングテストへの反論として発表したのが「中国語の部屋」という思考実験である。
この実験はまず英語しかできないイギリス人を部屋に閉じ込める。
この部屋にはメモ紙を出し入れできる穴があり、そこを通って外部と文書によるやり取りを行える。
さっそくメモ紙が入ってきたぞ。
しかしそこに書かれているのは中国語だ。意味分かんねえぞ!
イギリス人の彼には中国語の漢字はただの記号にしか見えない。
「○Д→Å×∬」といった具合である。
我々日本人なら中国語が分からなくても漢字からなんとなく意味は分かるかもしれない。
でも大丈夫。部屋には対応マニュアルが備えてあり、「○Д→Å×∬」というメッセージには「☆Иθ∈¶〒」と返せとかあらゆる質問に対応する返答例が記してあった。
こうしてイギリス人はせっせと中国語のメモに対して中国語で返事をする。
外にいる人から見たら、中にいる人は中国語が理解できるということは疑いようがないだろう。
マニュアルに従って作業をするイギリス人(Wikipediaより引用)
つまりサールはこう言いたいのだ。
「チューリングテストで人間同然だとしても、そのコンピューターはあらかじめプログラムされた反応をしているに過ぎないかも知れないじゃないか。そんなの知性があると言えるのか!?」
機械がいくら進化しようとも、それは人間の知性とは根本的に違うものでしかないと言うのだ。
しかしその思考実験は新たな謎を呼んでしまう。
機械が「中国語の部屋」だとしたら、我々人間も「中国語の部屋」なんじゃないか?
我々も所詮は言葉を「脳という機械」によって使いこなしているに過ぎない。
身も蓋もないが、機械も、ペットも、人間さえもチューリングテストさえパスすれば知性やココロがあると判断してもいいのかも知れない。
〈参考資料〉
フリー百科事典Wikipedia
哲学的な何か、あと科学とか様
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